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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
たと云うのである。それにしてもここに来ている若い娘や女房たちはどうするのだろう、みんなあの桶へ行くのだろうかと、余計な心配をしているうちに、やがて三人のうしろの方で迷惑なことが始まった。―――子供を抱いたかみさんが、土間の通り路で着物の前を開けさせて、水道の栓を抜いたような音をさせているのである。
「こいつはちっと野蛮過ぎる。弁当をたべている鼻先はひどい」
と、老人もこれには参ったという顔つきである。
舞台の方では見物席の落花狼藉をそ知らぬ風で、何人目かの太夫が床へ上っていた。要は昼の酒が利いたのと、周りの噪音が激しいのとで上気したせいか、ただチラチラと眼に映るものを感じているだけに過ぎないのだが、それでいて決して退屈でもなければ耳触りでもない。この快感はあたかも明るい湯槽の中で、肌はこころよいぬるま湯に漬かっているのに似ている。あたたかい日に布団にくるまってうとうとと朝寝坊をする、―――そののんびりした、ものういような、甘いような気分にも似ている。ぼんやり眺めていたあいだに、いつのまにか明石の舟別れの段が済み、弓之助の屋敷も、大磯の揚屋も、摩耶ヶ嶽の段も済んでしまったらしく、今やっているのは浜松の小屋のようだけれど、日はまだ容易にかげりそうなけはいもなく、天井を仰ぐと莚の隙間から今朝来た時と同じ青空が機嫌の