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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
「へえ、御自分はシャボンお使いやすけど、女は肌が荒れていかんお云やして、使わしとおくなはれしません」
「鶯の糞はどうしてます?」
「使てます、一向に色は白うなれしまへんどすけど」
二本目の銚子を半分ほどにして、あとはあっさり茶漬にしてから、食後に枇杷を運んで来たお久は、玄関の方で電話のベルが鳴るのを聞くと、剥きかけた実をギヤマンの皿の上へ置いて立ったが、
「へえ、………へえ、………よろしおす、そない申しときます。………」
と、電話口でうなずいていたのが、直きに戻って、
「奥様も泊まる云うとおいやすさかい、もうちょっとゆっくりして行く云うてどすえ」
「そうですか、帰ると云っていたんだけれど、………泊めていただくのは久し振りのような気がしますね」
「ほんに、あれから長いことどすなあ」
しかし要が美佐子と二人で一つ伏戸に寝ると云うのも随分「長いこと」ではあった。尤も二三箇月前に弘が東京へ行っていた折、何年振りかに二人ぎりで二た晩か三晩を過したことがあるにはあるけれど、その時の経験では、全く合い宿の旅客のように平気で枕を並べながら、互に何のかかわりもなく安眠することが出来たほどにも、凡そ夫婦らしい神経が麻痺してしまっているのである。