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たでくうむし
蓼喰う虫
谷崎 潤一郎
「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页
久しぶりに十分な眠りを貪ったので睡気は残っていないのだけれど、手足を伸び伸びとさせているのがいつまででも好い心持で、ちょっとは蓐のぬくもりを捨てることが出来ない。彼女の隣りには弘の蓐が、もう一つ隣りの床の間寄りには夫の蓐が敷いてありながら、その二つともとうに空っぽになっていて、瑠璃色の古伊万里の壺に椿の花の活けてあるのが、夫の枕の向うに見える。今日は高夏と云う客もあるのだし、もう起きなければ悪いのであるが、しかし彼女がこんなにゆっくり朝寝坊をしていられることはめったにないのである。なぜなら夫婦は弘を中にはさんで眠る習慣を、その児が生れた時分から今日までずるずるに改めずにいて、子供が起きると必ず孰方かが起きないではいなかった。そして大概の場合には、夫を寝かして置くために彼女が先に起きるからだった。日曜の朝なぞ少しはゆっくり寝かして置いてもらいたいのに、学校がなくてもやはり弘は七時に起きてしまうので、彼女も一旦は起きなければならない。尤も二三年この方、だんだん体が肥えて来る傾きがあるので、睡眠時間を減らした方がいいと思っているのだし、眼に借りの出来るのはそうまで苦痛に感じていないようなものの、朝寝の快感は又おのずから別である。