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たでくうむし

蓼喰う虫

谷崎 潤一郎

「大阪毎日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月17日<br>「東京日日新聞 夕刊」1928(昭和3)年12月3日~1929(昭和4)6月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 110,066 字 · 216 页

青空文庫

「お早う、―――いつまで寝てるんです?」

「何時、もう?」

「十二時」

「うそよ、そんなじゃあないことよ、まだやっと十時頃よ」

「驚いたなあ、このお天気によく今時分まで寝ていられるなあ」

「ふ、ふ、―――寝坊をするのにもいいお天気よ」

「第一お客様に対して失礼じゃないですか」

「お客様だと思っていないから大丈夫だわ」

「いいから早く顔を洗って降りていらっしゃい。あなたにもお土産があるんだから」

窓を見上げている高夏の顔は、梅の枝に遮られていた。

「その犬?」

「うん、こいつが目下上海で大流行の奴なんだ」

「素敵でしょ、お母さん、この犬はほんとうはお母さんが連れて歩くといいんですって」

「どうして?」

「グレイハウンドという奴は、西洋では婦人の装飾犬になっているんだ。つまり此奴を引っ張って歩くと一層美人に見えるんだな」

「あたしでも美人に見えて?」

「もちろん見えます、請け合います」

「だけど随分きゃしゃな犬ねえ。そんなのを連れて歩いたら、尚更此方が太っちょに見えちまうわ」

「犬の方でそう云うだろう、この奥様は吾輩の装飾になるって」

「覚えてらっしゃい」

「あはははは」

と、弘も一緒になって笑った。