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そばのはなのころ

蕎麦の花の頃

李 孝石

「文学案内」1937(昭和12)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,494 字 · 16 页

青空文庫

童伊のような若者が無性に羨しかった。汗が背中をべっとり濡らした。

峠を越すとすぐ川だったが、夏の大水で流失された板橋の跡がまだそのままになっているので、裸で渉らなければならなかった。下衣を脱ぐと帯で背中に括りつけ、半裸の妙な風体で水の中に跳び込んだ。汗を流したやさきではあったが、夜の水は骨を刺した。

――で全体、誰に育てて貰ったんだよ。

――おふくろは仕方なく義父のところへやられて、酒屋を始めたんだ。のんだくれで、ええ義父ではなかった。ものごころがついてからというもの、俺は殴られ通しだった。おふくろも飛ばっちりを喰って、蹴られたり、きられたり、半殺しにされたり、さ。十八の時家をとび出してからというもの、ずっとこの稼業の仲間入りだよ。

――道理でしっかりしてるたあ思っただが、聞いてみりゃ気の毒な身の上じゃな。

流れは深く、腰のところまでつかった。底流も案外に強く、足裏にふれる石ころはすべすべして、今にもさらわれそうだった。驢馬や趙先達は早くも中流を渡りきり岸に近づいていたが、童伊は危っかしい許生員を劬わりがちで、ついおくれなければならなかった。

――おふくろの里は、もとから堤川だったべえか。