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そばのはなのころ

蕎麦の花の頃

李 孝石

「文学案内」1937(昭和12)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,494 字 · 16 页

青空文庫

川を渡りきった時にはものさびしく、もっとおぶって貰いたい気もした。

――一んちどじばかり踏んで、どうしただよ。生員。

趙先達はとうとう笑いこけてしまった。

――なに、驢馬さ。あいつのこと考えてるうち、うっかり足を辷らしちゃっただ。話さなかっただが、あいつあれでも仔馬産ませやがってな。邑内の江陵屋んとこの雌馬にさ。いつも耳きょとんと欹て、すたこらすたこら駈け歩いて、可愛い奴だ。儂あそいつ見たさに、わざわざ邑内へ廻ることがあるだよ。

――なるほど大した仔馬だ。人間を溺れさすほどの代物なら。

許生員はいい加減しぼって着始めた。歯ががたがた鳴り、胸が震え、無性に寒かったが、心は何となくうきうきとうわつき、軽かった。

――宿のあるところまで急ぐだ、庭に焚火して、一服しながらあたるだよ。驢馬にゃ熱い秣をたらふく喰わしてやる。明日の大和の市がすんだら、堤川行きだでな。

――生員も堤川へ。

――久方振りで行きとうなった。お伴すべえよ、童伊。

驢馬が歩き出すと、童伊の鞭は左手にあった。長い間迂闊であった許生員も、今度ばかりは童伊の左利きを見落すわけにはゆかなかった。