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しょうしょうじゅうさんねん

蕭々十三年

山本 周五郎

「新国民」1942(昭和17)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,105 字 · 16 页

青空文庫

彼は主君の帰城を待ちかねていた、誰よりも大きなよろこびを以て主君を迎えた、それから特に常宿直を願って、精いっぱい主君に仕えて来た。――どこが悪かったのだろう。――なにが御機嫌を損じたのだろう。いろいろ考えてみたけれど、どうしても自分では思い当ることがない、そのうちにふと、誰かの讒訴ではないかということに気がついた。江戸に於けると同様に、この岡崎でも彼は人づきの悪い存在だった、奉公無二を一念としている彼には、同僚と折り合わない多くのものを持っていた、憎まれるほどの原因はないが、疎んぜられているのはたしかだった。

――そうだ、誰かの讒訴にちがいない。

彼はそう信じてしまった。それでさらに再三、老職までお目通りを願い出た。だが目通りの許しはなかった。彼はますます、主君と自分とのあいだを誰かが疎隔しているものと思いこんだので、ついに最後の手段をとった。忠善がときおり朝の乗馬に城外へ出る、そのとき直訴をする決心をしたのだ。彼は朝な朝な、矢矧川の堤へ出て待った。霜のひどい朝があり、川いっぱいに霧たちこめる朝があった。雨が降っても出掛けた。斯うして十余日、未明の堤に出て待ちつづけているうち、やがてその機会にめぐまれる時が来た。