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やぶおとし

藪落し

山本 周五郎

「アサヒグラフ」1935(昭和10)年2月17日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,118 字 · 14 页

青空文庫

――そんな体で山歩きをして、もしものことがあったらどうしますか、家にいて子供の守りでもしてください、どんなにでも後生の面倒はみてあげますから。

多吉の長男はたびたびそう云って諫めてみた、そうすると勘三郎は黙って微笑みながら、

――よしよし、そうしよう。

と答えるのだが、朝になってみるともう家にはいないのである。

勘三郎は六十を越した。

秋のことである、彼は握飯を持って、腰へ丸鑿と金槌を入れた革袋をさげ、右足をひきずりながら山の中を歩いていた。どの道もどこの岩地も、何十年となく彼が見慣れたものだ、櫟林の先に何があって、どこの松が伐られたか、眼をつむったままでもはっきりと見える、――かつての檜山はすっかり伐りだされて、その後へ広い新道ができてしまった。

勘三郎は沢のほうへと進んでいた、新道のほうには絶えず車の音や人声がする、彼はその物音から遠退きたいのだ、自分独りになりたいのだ、不自由な足をひきひき、かんば沢の流れの聞えるところまで来た、そのとき彼は丈夫なほうの足を草の根につっかけて横ざまに倒れた。

勘三郎は自分の体が凄じい勢いでぐんぐん滑りだすのを感じた、彼はなかば夢中で手に触れるものを掴もうとした。