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あしかり
蘆刈
谷崎 潤一郎
「改造」改造社、1932(昭和7)年11月号、12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,413 字 · 78 页
と仰せられたり、「ひろはゞ消えなむとにや、これもけしかるわざかな」と随身の男に祝儀をおつかわしになったりした院の御様子はどこか江戸の通人に似たようなふしもあるではないか。それにまた情趣に乏しい隅田川などとはちがってあしたにゆうべに男山の翠巒が影をひたしそのあいだを上り下りの船がゆきかう大淀の風物はどんなにか院のみごころをなぐさめ御ざしきの興を添えたであろう。後年幕府追討のはかりごとにやぶれさせ給い隠岐のしまに十九年のうきとしつきをお送りなされて波のおと風のひびきにありし日のえいがをしのんでいらしった時代にももっともしげく御胸の中を往来したものはこの附近の山容水色とここの御殿でおすごしになった花やかな御遊のかずかずではなかったであろうか。などと追懐にふけっているとわたしの空想はそれからそれへと当時のありさまを幻にえがいて、管絃の余韻、泉水のせせらぎ、果ては月卿雲客のほがらかな歓語のこえまでが耳の底にきこえてくるのであった。そしていつのまにかあたりに黄昏が迫っているのにこころづいて時計を取り出してみたときはもう六時になっていた。ひるまのうちは歩くとじっとり汗ばむほどの暖かさであったが日が落ちるとさすがに秋のゆうぐれらしい肌寒い