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らん

蘭

山本 周五郎

「家の光」1948(昭和23)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,247 字 · 21 页

青空文庫

「どちらかが苦しまなければならない」風を入れるためにやわらげた蘭の根もとの土を、しずかに押しかためながら、生之助はそうつぶやいた。「……そうだ、どちらかが」

数日のあいだ、かれは力のない目をして、城中でも屋敷でも、だまりながら刻をすごした。二十二になる今日まで、いささかの汚点も残さなかった平三郎とのまじわりが、吹き来たり吹き去る風のように脳裏をかすめた。黒沢も須川も、おなじ老職の家柄だった。ふたりは、その父親たちのまじわりを受けついで、四五歳のころから往来するようになった。水と魚、チョウと花、そういうように人々は、ふたりのしたしさをたとえた。気性もよくにていた。平三郎のほうが、いくらか勝ち気だったかもしれない。藩校での成績もそろって群を抜き、十二歳のときから五年、いっしょに江戸へ行って、いっしょに昌平黌でまなんだ。これは主君能登守正陟が、ふたりの質と、ふたりの能力を合わせたところに嘱望したからだと云われた。たしかにそういう評判がたってもよいほど、正陟のふたりにたいする寵はあつかった。口には出さなかったが、このことは、生之助も平三郎も早くから気づいていた。