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らん

蘭

山本 周五郎

「家の光」1948(昭和23)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,247 字 · 21 页

青空文庫

四

そして、推察した以上は動かないことは明白だ。ふたりいっしょに、ということばをこばむことはできない。平三郎はむなしく詰所から出ていった。

出立までに数日かかった。小笠原家における礼式作法は伝承の秘事である。淵源は遠く承安のむかしにあった。高倉天皇の御脳おもらせたもう折、信濃守遠光朝臣が、紫宸殿の庭で鳴弦をつとめたところ、めでたく御平癒あって嘉賞され、永く「王」の字を家紋とすべき宣旨をくだされた。以来、三位総領職として宮中、幕府の諸作法をつかさどっているが、それは秘伝として、他には、けっしてもち出さないのである。将軍家の下問であっても、秘伝とすべき条は述べられないので、草稿を作るのには、かなり困難がともなった。こうして平三郎の発足がきまったのは、江戸から使者があって五日めのことだった。

四

あすは平三郎が江戸へ立つという、その前夜のことだった。夜食を終えて間もなく、当の平三郎が突然庭からはいって、生之助の居間をたたいた。ふたりだけで話がある、家人には聞かれたくないと云って、すわった。生之助は火おけの火をかきおこしながら、友の目を見た。それはきわだって力強い光をおび、寒い夜道を来たにもかかわらず、ほおには赤く血が広がっていた。