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らん
蘭
山本 周五郎
「家の光」1948(昭和23)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,247 字 · 21 页
なぜなら、ふたりはそれほど深く強く松子を愛していたからである。
生之助の心はしずまらなかった。平三郎から自分が嫁にもらうと告げられたときは、むしろ心の緊張をとかれたようにさえ思った。まったく平静ではなかったにしても、たしかに一種の安堵に似た気持を感じた。それが時のたつにしたがって苦痛が強くなり、もう取りかえしがつかないという絶望的な悲しさが、はげしく胸をしめつけるのだった。事は、すでに決定している。どうもがくすべもない。奇跡でもおこらないかぎり、松子は手のとどかぬ存在になってしまうのだ。「ああ」生之助は、いく百たびうめいたことだったろう。「ああ……」
かれが松子にその事を話したのは、苦痛と絶望に耐えられなくなったからである。その時、かの女は病床から起きて、初めて髪をあげたところだった。風邪をこじらせた程度のわずらいなので、やつれるというほどではなかったが、みずみずしく髪をあげているためか、ほおから首筋のあたり、膚が薄くすきとおるようだし、うるみをおびた目もとや、どこかしら力なげな身ごなしなど、全体に、なまめかしいほど、ろうたけてみえた。それでなくとも、生之助は毒をのむような気持でいたが、常にない松子の美しさと、話を聞いたときのにおうような恥じらいのしなとは、むざんなほど、かれをうちのめした。