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らん

蘭

山本 周五郎

「家の光」1948(昭和23)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,247 字 · 21 页

青空文庫

「わたくしには、お返辞の申しあげようがございません」かの女はまつげの長い目を伏せ、ひざの上で、かたく両手の指をからみあわせながら、戦くような声でこう答えた。「……おじさまや、おばさまのおっしゃるように、そしてあなたさまのおぼしめしどおりにいたしたいと存じます」

もちろん、否定の色はいささかも見えなかった。すべてが終った。これ以上は未練だ。心のうちで、そう自分に云い聞かせながら、しかしおそらく顔は青ざめたことだろう。生之助は追いたてられるような気持でそのへやを出た。

明くる日のことだった。城中で昼げの休息に平三郎の詰所へ行くと、近習番の者が五人ほど集まって、何か論じ合っていた。みんなかたい表情で、けわしく目を光らせて、ひざを突き合わせるような姿勢をしていた。平三郎だけは、いつもの端正さを失わず、目を伏せ、口をひき結んで、かれらの云うことを聞いていたが、はいって来た生之助を見ると、手をあげて話をとめ、「少し、とりこんでいるから下城の時……」と云った。生之助はうなずいて、そのまま引き返した。……午後からにわかに冷えはじめた。少しおくれた平三郎を待って、いっしょに城をさがって来ると、空は薄日になり、重畳とうち重なる四方の山なみの上に、雪を思わせるネズミ色の雲が、おしつけるように、じっとのしかかっていた。