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とらがり

虎狩

中島 敦

「光と風と夢」1942(昭和17)年7月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,260 字 · 48 页

青空文庫

ふだんの彼らしい所は微塵も出ていなかった。

――俺はね、(と、そこで一度彼は子供のように泣きじゃくって)俺はね、あんな奴等に殴られたって、殴られることなんか負けたとは思いやしないんだよ。ほんとうに。それなのに、やっぱり(ここでもう一度すすり上げて)やっぱり俺はくやしいんだ。それで、くやしいくせに向って行けないんだ。怖くって向って行けないんだ。――

ここ迄言って言葉を切った時、私は、ここで彼がもう一度大声で泣出すのではないかと思った。それ程声の調子が迫っていた。が、彼は泣出さなかった。私は彼のために適当な慰めの言葉が見付からないのを残念に思いながら、黙って、砂の上に黒々と映った私達の影を見て歩いて行った。全く、小学校の庭で私と取組み合った時以来、彼は弱虫だった。

――強いとか、弱いとかって、どういうことなんだろう……なあ。全く。――と、その時、彼はもう一度その言葉を繰返した。私達はいつの間にか漢江の本流の岸まで来ていた。岸に近い所は、もう一帯に薄い氷が張りつめ、中流の、汪洋と流れている部分にも、かなりな大きさの氷の塊がいくつか漂っていた。水の現れている所は美しく月に輝いているけれども、氷の張っている部分は、月の光が磨硝子のように消されて了っている。