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きょこうのはる
虚構の春
「文学界」1936(昭和11)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 54,586 字 · 108 页
それでも、心のどこかで、びくびくしていて、こまります。あの夜、僕はとりみだし荒んだ歩調で階段を降りました。そしてそのとりみだし方も純粋でなかったようではずかしく、思いだしては、首をちぢめています。その夜、斎藤君はおもわせぶりであるとあなたにいわれたために心がうつろになり、さびしくなっていて、それだけですでにおろおろして居たのです。僕が帰ることになったとき、先に払った同人費を還すからというとき、僕は心の中で、五円儲かった、と叫んだのです。そして、何か云われたのに、二円五十銭ずつ二回に払ったのですが、と答えたときの自分自身の見えすいた狡さのために、自らをひくくしたはずかしさと棄鉢をおぼえました。そればかりでなく、五円儲かったということばは、その二三日前によんだ貴作『逆行』の中にあることばがそのままにうかんだしろものに過ぎず、新宿駅のまえでぼんやりして居りました。あのはげしかった会合のことがらをはっきりと掴めもせずに、自分の去就についてどうしたら下手をやらずにすむかを考えていたようでした。駅のまえで、しばらく、白犬のようにうろうろして、このまま下宿へ帰ろうかと考えましたが、これきりあなた達と別れてしまうのかと思われてさびしくなりました。