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へび

蛇

森 鴎外

「中央公論 第二十六年第一号」1911(明治44)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,073 字 · 23 页

青空文庫

それで御迷惑かとは存じながら、お宿をお引受け申しました。先刻から清吉が色々お話をいたした様子ですが、わたくし共一家は実に悲惨な境遇に陥っているのです。わたくしは今少し前に、お次まで参っていました。教育を受けたものが、立聞きをしては悪いということ位は、わたくしも知っています。しかしお迎いにも出ず、御挨拶にも出ずにいて、突然伺うのが、余り不躾な様ですから、躊躇していたのです。清吉じじいの申す通り、わたくしは小さい時から母に苦労を掛けていながら、母を寂しい家で死なせてしまいました。それは物質的な奉養は出来るだけ尽した積りです。しかし母は晩年になって、わたくし共夫婦のために、恐ろしく寂しい生活をしたのです。そんなら妻を離別したら好かろうと、人は云うでしょうが、それがそう容易く行くものではありません。どう云うわけか長い間子がなくている妻ですから、それを離別する程容易な事はない様です。しかし民法もある世の中ですね。妻にこれと云って廉立った悪いことはありません。母に優しくない。それだと云って、別に手荒い事もしない。よしやわたくしが離別しようとしたって、妻は勿論同意しません。