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へび

蛇

森 鴎外

「中央公論 第二十六年第一号」1911(明治44)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,073 字 · 23 页

青空文庫

妻の積りでは、こうして一日一日と過すうちに、いつかは楽しい生活に入る時が来るだろうと思っていたのです。妻がそう云う風で、合意が成り立たないのに、わたくしがどうしようと申したって、里方の親類が承知しません。何をわたくしは理由にしましょう。話をたんとしない。それがなんの理由になりましょう。無論法廷で争う理由なんぞにはなりません。その上世間体というものもあります。穂積という家は、信州では多少人も知っている旧家です。その内輪を新聞に書かれたくはありません。そういう次第で、とうとう十四五年というものが立ってしまったのです。清吉じじいなんぞは、こんな律儀な男で、それに非常に耐忍力が強いのですから、黙って内の事をしていてくれましたが、腹の中ではわたくしを意気地がないように思ったり、妻に惑溺しているように思ったりしているようです。わたくしは決して惑溺なぞはしていません。ただ薄志弱行だと云われれば、それだけはいたし方がありません。それにはわたくしに極まった人生観が無いのが原因になっています。わたくしは病身で大学には這入ることが出来ませんでしたが、色々な学科を修めました。