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ほたる

蛍

織田 作之助

「文芸春秋」1944(昭和19)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,875 字 · 21 页

青空文庫

あっという間にお光を連れて、寺田屋の三十石に乗ってしまった。

細々とした暮しだとうなずけるほどの椙のやつれ方だったが、そんな風にしゃあしゃあと出て行く後姿を見ればやはりもとの寺田屋の娘めいて、登勢はそんな法はないと追いついてお光を連れ戻す気がふとおくれてしまった。頼りにした伊助も、じょ、じょ、浄瑠璃にようある話やとぼそんと言うだけで、あとぽかんと見送っていた。

おちりとあんぽんたんはどうどす……と物売りが三十石へ寄って行く声をしょんぼり聴きながら、死んだ姑はさすがに虫の知らせでお光が孫であることを薄々かんづいていたのだろうかと、血のつながりの不思議さをぶつぶつ呟きながら、登勢はしばらく肩で息をしていたが、あ、お光といきなり立ち上って浜へかけつけた時は、もう八丁艪の三十石は淀川を下っていた。しばらく佇んで戻ってくると伊助は帳場の火鉢をせっせと磨いていた。物も言わずにぺたりとそのそばに坐り、畳の一つ所をじっと見て、やがて左手で何気なく糸屑を拾いあげたその仕草はふと伊助に似たが、きゅうに振り向くと、キンキンした声で、あ、お越しやす。駕籠かきが送ってきた客へのこぼれるような愛嬌は、はやいつもの登勢の明るさで奉公人たちの眼にはむしろ蓮っ葉じみて、高い笑い声も腑に落ちぬくらい、ふといやらしかった。