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ほたる
蛍
織田 作之助
「文芸春秋」1944(昭和19)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,875 字 · 21 页
おりましたが、一度御寮人様にそのことでお詫びやら御礼かたがた御挨拶に上らねばと思いながらもつい……。公然と出入りしようという図太い肚で来たのか、それとも本当に一言謝るつもりで来たのか、それは伊助の妾だった。
登勢はえくぼを見せて、それはそれは、わがまま者の伊助がいつもご厄介どした、よその人とちごて世話の掛る病いのある人どすさかいに、あんたはんかてたいてやおへんどしたやろ。けっして皮肉ではなく愛嬌のある言いぶりをして、もてなして帰したが、妾はしばらく思案して伊助と別れてしまった。あとで思えば気のよさそうな女だった。
登勢は何かの拍子にそのことを坂本に話し、色の黒いひとは気がええのんどっしゃろかと言うと、俺も黒いぞと坂本は無邪気なもので、誰にも言うてもらっては困るが、俺は背中にでかいアザがあって毛が生えているので、誰の前でも肌を見せたことがない。登勢はその話をきいてふっとお光を想いだし、もう坂本の食事は誰にも運ばせなかった。そろそろ肥満してきた登勢は階段の登り降りがえらかったが、それでも自分の手で運び、よくよく外出しなければならぬ時は、お良の手を煩わし女中には任さなかった。