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くも

蜘蛛

甲賀 三郎

「文学時代」1930(昭和5)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,314 字 · 22 页

青空文庫

このときに時計は必要な時間で止めておかねばならない。なぜならばいつ眼ざめるかわからないからである。

Bはふと眼ざめた。気がつくと手足をいましめられている。しかし、さいわいにそれはゆるんでいたので、さっそく振りほどいた。彼はしだいにAの脅迫の言葉を思いだした。(彼はむろん一階の部屋にいると思っている)彼はハッとして時計をみた。九時五分前! 爆発にはあますところ五分しかない。彼は狼狽してドアに飛びついた。しかし、ドアはびくともしない。彼の狼狽はその極にたっして、窓に飛びついた。ところが窓はさいわいにあいた。ここは一階であると彼は思っている。――で、彼はいきおいよく飛びおりた。一瞬ののち彼はむろん街路に血にまみれて即死していた。

この方法はなかなか巧妙である。しかし、静かに考えてみると、最上階と一階のおなじ位置の部屋をかりうけて、これをまったく同一に飾りつけてほかから怪しまれないようにするにはそうとうの困難があり、かつ昏酔している人間を一人かかえて、一階から最上階までだれにもとがめられないで、はこぶことはよういなことではない。そのうえにこの方法の致命的欠陥というのは結果がぜんぜん偶然的で、必然性がないということである。