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ちょうのえ
蝶の絵
久生 十蘭
「週刊朝日別冊 記録文学特集号」1949(昭和24)年9月10日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,644 字 · 49 页
自殺するのに、そんな歯痒い方法を選んだのは、それがいちばんいいと思ったからで、それ以外の作為はない。山川をそこまで追いまくった、いろいろな事情や素因を考えあわせると、山川としては、そうするほか、やりようがなかったろうということが理解できた。
桐ヶ谷の火葬場へ行くので、早く家を出たが、ついでに日仏画廊へ岩城の絵を見に寄った。
晴れているくせに、なんとなく暗い感じのする朝で、画廊へ入ると汗が出た。
ひとのいい岩城の顔が見えるような、才気の乏しい遅鈍な絵ばかりで、身体を斜めにして早足で見て行くうちに、窓から遠い、影の淀んだうす暗い壁面から、どきっとさせるような鮮かな色彩が、いきなり眼に吸いついてきた。
灰色で、むらなく塗りつぶしたカンヴァスのまんなかに、緋色の天鵞絨を切って貼りつけたような量感のある血紅色が、なんともつかぬかたちで盛りあがっている。花かと思ったら、そうではなく、斜めになって飛んでいる一匹の蝶の絵だった。
画題は「マリポサ・ローハ(赤い蝶)」……学名はなんというのか、シジミタテハに似ているが、それともちがう。頭から翅の端まで、緋一色のうえに、白で、繊細なアラベスクの模様を配した、見たこともない珍奇なものだった。