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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

「うむ、天命だな。あんなに転げ落ちてはもう生命はあるまい」

帆村と長吉とは、車から下りて呆然と崖の底をジッと見下ろした。土煙がだんだん静まって、無慚にも破壊した車体が見えてきた。車体は裏返しになり、四つの車輪が宙に藻がいているように見えた。

暫くジッと見つめていたが、車のなかからは誰も這いだしてこなかった。

「さあ、すぐ下りていってみよう。自動車のなかには、誰が入っているか、そいつを早く調べなきゃならない。長どん、一つ力を貸してくれたまえ」

「大丈夫だすやろか。近づくなり蠅男が飛びだして来やしまへんか」

「いいや大丈夫だろう。死んでいるか、または気絶しているかどっちかだよ。しかし何か得物をもってゆくに越したことはないだろう」

気がついてみると帆村は腰に一本の鉄の棒を差していた。これは先刻、池谷控家の前の林の中で拾った護身用の鉄棒だった。帯に挿んで背中にまわしてあったので、うまく落ちないで持ってこられたのだった。長吉は仕方なく腰から手拭いを取って、その端に手頃の石をしっかり包んだ。もし蠅男がでたら、端をもってこの包んだ石をふりまわすつもりだった。

二人は、背の丈ほどもある深い雑草のなかを掻きわけるようにして、山峡を下りていった。