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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

発端

問題の「蠅男」と呼ばれる不可思議なる人物は、案外その以前から、われわれとおなじ空気を吸っていたのだ。

只われわれは、よもやそういう奇怪きわまる生物が、身辺近くに棲息していようなどとは、夢にも知らなかったばかりだった。

まことにわれわれは、へいぜい目にも耳にもさとく、裏街の抜け裏の一つ一つはいうにおよばず、溝板の下に三日前から転がっている鼠の死骸にいたるまで、なに一つとして知らないものはないつもりでいるけれど、しかし世の中というものは広く且つ深くて、かずかずの愕くべきものが、誰にも知られることなく密かに埋没されているのである。

この「蠅男」の話にしても、ことによるとわれわれは、生涯この奇怪なる人物のことをしらずにすんだかも知れないのだ。なにしろこの「蠅男」がまだ世間の注意をひかないまえにおいては、これを知っていたのは「蠅男」自身と、そしてほかにもう一人の人間だけだった。しかもその人間は、事実彼の口からは「蠅男」の秘密をついに一言半句も誰にも喋りはしなかったのだから、あとは「蠅男」さえ自分で喋らなければ、いつまでも秘中の秘としてソッとして置くことができたはずだった。