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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

「だが、蠅男を見たのは、恐らく捜査側では自分だけだろう」

帆村は、そのことについて些か得意であった。それは実に大きな土産話である。

蠅男というやつは、実に力の強い奴で、三貫目の味噌樽を、あたかも野球のボールを叩きつけるように楽々と抛げた。そして自動車も操縦できれば三輪車にも乗れるというモダーン人だ。

しかしよく考えてみると、蠅男について分っているのはそれだけであった。どんな身体つきをしているのか、それは黒い吊鐘マントの下に蔽われていてハッキリ分らない。それからまたどんな容貌をしているのか、それは防毒面みたいなものを被っているので、これもハッキリ分らない。ただ気味のわるい二つの眼がギロギロと動くのを見たばかりである。

いや、もっと分らないところがある。帆村はさきに玉屋総一郎の殺された密室を調べた挙句、蠅男について次のような推理をたてた。つまり、

「蠅男の背丈は八尺である。そして蠅男は一升桝ぐらいの四角な穴を自由に出入する人間である」

というのであるが、崖上に見たあの蠅男は、五尺四、五寸しかない普通の人間の背丈に見えた。況んや一升桝の間を抜けるような細い身体のようには見えなかった。