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はえおとこ

蠅男

海野 十三

「講談雑誌」1937(昭和12)年1月号~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 118,129 字 · 237 页

青空文庫

鑑識子は、命ぜられるままに二枚の紙にうつし出された指紋を、虫眼鏡の下にジッと較べていたが、やがて彼の額には、ジットリと脂汗が滲みだしてきた。

「どうだネ。指紋は合っているか、合わないか」

「……同一人の指紋でおます」

鑑識子は苦しそうに応えて、ハンカチーフで額の汗を拭いた。

水田検事は、それを聞くと、傍を向いていった。

「村松氏を、殺人容疑者として逮捕せよ」

村松氏の手首には痛々しく捕縄がまきついた。曾ては、蠅男の捜査に、係官を指揮していた彼が、今は逆に位置をかえて、殺人容疑者として拘禁される身となった。

疑問の怪人「蠅男」を捕えてみれば、それは人もあろうに「蠅男」捜査の指揮者であった村松検事であったとは。其の場に居合わせた人々は、事の意外に声もなく、ただ呆れるより外なかったのである。

村松検事に世話になっていた人たちは、水田検事の取調べに対して、もっといろいろ反駁してくれることを冀っていた。しかるにこの人たちの期待を裏切って、村松検事はほとんど口を開かなかったのである。

なぜ村松は、多くを喋らなかったのであろう。彼は凶器と断定せられる文鎮の上に、自らの指紋がついているのに気がついて、もう何を云っても脱れぬところと、殺人罪を覚悟したのであろうか。