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ちまんだらしちょうぶし

血曼陀羅紙帳武士

国枝 史郎

「冨士」講談社 1939(昭和14)年9月~12月中絶、「血煙天明陣」桃源社 1970(昭和45)年に付載して完結公刊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,970 字 · 176 页

青空文庫

しかし……いや、しかしも何もない、声の主を確かめさえすればよいのだ! ……しかし、それをするには、やっぱり襖をあけなければ……。

(咎められたら、部屋を間違えたと云えばよい)

頼母は、わざと無造作に襖をあけた。

「あッ」

声と一緒に、ほとんど夢中で、頼母は、庭へ飛び下り、これも夢中で抜いた刀を、中段に構え、切っ先越しに、部屋の中を睨んだ。

見誤りではなかった。帳内で灯っている燈の光で、橙黄色に見える紙帳が、武士の姿を朦朧と、その紙面へ映し、暗い部屋の中に懸かっている。

(林の中に釣ってあった紙帳だ。では、あの中にいる武士は、五味左門に相違ない。……先夜は、知らぬこととはいえ、同じ飯塚薪左衛門殿の屋敷へ泊まり合わせ、今夜は、同じこの旅籠の、しかも壁一重へだてた部屋に泊まり合わせようとは)

運命の不思議さ気味悪さに、頼母は、一瞬間茫然としたが、

(左門は親の敵、あくまで討ち取らなければならないのであるが、あの凄い腕前では……)

体の顫えを覚えるのであった。

しかし彼にとって、一抹の疑惑があった。紙帳は、左門ばかりが釣っているとは限らない。紙帳の中の武士は、左門ではないかもしれない……。