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まちはふるさと
街はふるさと
「読売新聞 第二六三六七号~第二六五二〇号」1950(昭和25)年5月19日~10月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,435 字 · 389 页
長平にきいた。ルミ子の部屋には、炊事道具も、食器らしいものもなかった。コップと、小さなヤカンがあるだけであった。
「なんでも出前をするようになったからね」
長平は不自由を感じていない様子である。
せつ子は、食って生きれば足りる、という生活態度には賛成できなかった。それではミもフタもないし、生きるハリアイもない。
ルミ子の心の安定などというものも、同じように乞食の心境にすぎないのである。生れたまま、手数をかけずに、ほッたらかしておけば、元々、人間はそれだけのものだ。それだけではミもフタもないから、いろいろの手間をかけ、ムダをする。人生は実用の如くであるが、ムダをたのしむことでもある。人為的なタノシミを発見すること。歴史の跡にしるされた人間の逞しさといえば、それだけである。
ルミ子の安定が十九という年齢によって珍しいということすらもウソである。乞食や泥棒の心境は年齢に関係のあることではないのである。ジオゲネスは学問というムダを重ねたおかげで、老いぼれて乞食の心境を会得したが、ムダをしなければ、子供の時から誰でもがなれる心境だ。
長平は乞食の安定に同感している人間ではない。