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うらぎり

裏切り

坂口 安吾

「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,343 字 · 70 页

青空文庫

あの人のこと云いだしたの、なぜですか」

「まアさ。そう私をいじめないでおくれ。あなたの人生はこれからまだ五十年もあるのだから、一生を決する大事に一年や二年考えたって長すぎやしないんだ」

トオサンは真剣に困りきっていたようですが、そのとき八千代サンが突然こう叫んだものです。

「トオサンは小夜子サンが好きなのね!」

これにはぼくの方がびっくりしました。いったい、トオサンが小夜子サンが好きだということを、どこから嗅ぎつけたのでしょう。そんなことはトオサンの顔色にでたことはありませんし、現にこう八千代サンが叫んだときですらトオサンはなんとなくやや重々しく落着いてみせただけで眉の毛一筋だって動かしやしませんでした。けれどもトオサンが小夜子サンが好きだというのは事実なのです。毎日、朝から夜中まで一しょに働いて暮しているぼくにだけは判る理由があったのです。と申しますのは、実はぼくが小夜子サンにひそかに思いをかけておりますからで、同じ思いの人間が小夜子サンも交えて三人一しょに暮しておればそれはおのずと通じないはずはないものです。

小夜子サンと申す人はここのお座敷女中です。