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せいこのしじん
西湖の屍人
海野 十三
「新青年」博文館、1932(昭和7)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,487 字 · 39 页
彼は、孫火庭の忠言も、どこに吹くかというような顔をして、毎日毎夜、東京中をとびまわるのに夢中だった。彼は遂に一台の高級クーペを買いこむと、簡単に乙種運転手の免状をとり、その翌日からは、東京市内は勿論のこと、横浜の本牧海岸、さては鎌倉から遠く小田原あたりへまでもドライブした。その結果、彼は知らず識らずの裡に、スピード狂になっていた。時速四十哩などは、お茶の子サイサイであった。警視庁の赤オートバイに追駆けられたこともしばしばだったが、彼はいつも、鼻先でフフンと笑うと、時速六十五哩という砲弾のようなスピードで、呀っという間に赤オートバイを豆粒位に小さくすることが慣例であって、その度毎に彼は鼻を高くした。
恰度そのころ、彼には鳥渡気懸りな事件が生じた。それは家扶の孫火庭が、一週間ばかりというものは、行方不明になったことだった。彼に行かれては、漢青年は浮木にひとしかった。非常に心配して、行く末をいろいろと思い煩っているところへ、孫火庭がヒョックリ帰ってきた。帰るには帰ってきたが、彼は二人の中国人を連れてきた。一人は、王妖順といって、孫と似たりよったりの年頃で、もう一人は始めからマリ子と呼ぶ、まだ十七八の少女だった。