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さいぎょうのめ
西行の眼
下村 湖人
「青年」1933(昭和8)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,096 字 · 7 页
そして、危険はさらに刻々加わろうとしている。われわれは、愛国や民衆の名において、人間の道をけがす奇怪な人物が各所に横行しているのを、ただ茫然と見まもっていてはならない。われわれは、人間の道を護るために、何としても、彼等の胸から、有毒な炎を消し去る工夫をしなければならない。そして、そのために必要なものはまさしく西行の眼である。
争はぬ心となりて野を行くや木々ことごとく日にかがよへり
かにかくに小さきままに生きてあれば天つ光はゆたかなるかも
この二首は、人道の真精神に即せんとするわたくしの心願を歌ったものである。常に人に打克たんとする醜いこころを捨てて、地にみなぎる寂光のなかに、小さきままにしずかに自己の道を歩むことこそ、真に人間をして光あらしめる道ではあるまいか。
わたくしは、文覚の情熱と、意力と、荒行との尊さを知らないものではない。ただ、その憤怒に燃ゆる胸と眼との赤黒い炎に、いいしれぬ憂いを感ずるものである。
同時に、わたくしはかたく信ずる。――怒れる者の心はほんとうの強さを持たない。静寂のなかに、無限の抱擁力と暖かさとをたたえた西行の眼こそは、ついに世に打克つであろう。