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しんらん
親鸞
三木 清
「展望」1946(昭和21)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,550 字 · 73 页
まことに真実という言葉は親鸞の人間、彼の体験、彼の思想の態度、その内容と方法を最もよく現わすものである。彼が明らかにした真実の教と行と信と証とがいかなるものであり、また相互にいかなる関係にあるかについては、私の研究の全体を通じて次第に述べられるであろう。ここではまず一般に真実というものが何を意味するかについて、その一般的性格を論じておかねばならぬ。
宗教は真実でなければならない。それは単なる空想であったり迷信であったりしてはならぬ。宗教においても、科学や哲学においてと同じく、真理が問題である。ただ宗教的真理は科学的真理や哲学的真理とその性質、その次元を異にするのである。もとより宗教の真理も真理として客観的でなければならぬ、客観性はあらゆる真理の基本的な徴表である。親鸞の宗教はしばしば体験の宗教と称せられている。かく見ることはある意味においては正しい。宗教的体験の本質は内面性であり、親鸞の宗教は仏教のうち恐らく最も内面的であることを特徴としている。しかし体験はそれ自身としては主観的なもの、心理的なものを意味している。したがって体験の宗教ということは主観主義、心理主義に陥ることになり、宗教は真理であるという根本的な認識を失わせることになり易いのである。