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しんらん

親鸞

三木 清

「展望」1946(昭和21)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,550 字 · 73 页

青空文庫

念仏の行者はたがいに「御同朋御同行」である。かかる御同朋御同行主義は浄土真宗の本質的な特徴であり、そして、そこに信者の社会的生活における態度の根本がなければならぬ。かかる兄弟主義の根柢は全く「同一念仏無別道故」である**。しかも念仏がすべての人において平等であり、同一であるのは、この念仏が自力の念仏ではなくて他力の念仏であるがためである。もしも念仏が自力の念仏であるならば、各人の念仏に勝劣があり、平等ではないであろう。すべての念仏は弥陀廻向の念仏であるが故に、同一であるのである。そこにはもはや師弟の差別さえもあり得ないのである。「親鸞は弟子一人ももたずさふらふ」という。「専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論のさふらふらんこと、もてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたずさふらふ。そのゆへはわがはからひにて、ひとに念仏をまうさせさふらはばこそ、弟子にてもさふらはめ、ひとへに弥陀の御もよほしにあづかりて、念仏まうしさふらふひとを、わが弟子とまうすこと、きはめたる荒涼のことなり。」と『歎異鈔』は記している。同朋同行主義は念仏は弥陀廻向のものであるというところにその超越的根拠をもっている。