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うたせてやらぬかたきうち

討たせてやらぬ敵討

長谷川 伸

「歌舞伎 秋季臨時増刊」歌舞伎出版部、1925(大正14)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,752 字 · 22 页

青空文庫

斬れ味は技よりも気だ、宮内の斬れ味はその気によった自然の技だった。

◇

宮内は治部太夫を殺してから、直ぐ滝沢峠を迂廻して逃亡した。

旅から旅を歩いているうちに、宮内は加賀国小松で豊かなくらしの家へ入夫した。

寛永二十年五月三日、加藤式部少輔明成は、病気のためという名目で、四十万石の封土を、表面は還納だが、実は没収されてしまった。その後へは山形から保科肥後守正之が入部した。

この説を宮内は、加賀の小松で聞いた。

豊かなくらしの女と別れて、逃亡以来四年目に宮内は会津の城下へ帰ったが、加藤家時代とはうって変って、士気も振い、風俗も大分質素になりかかっていた。

「生島慎九郎という者をご存じはないか」

宮内はこう聞き歩いたが知れなかった、浪人して西の方へ旅立ったともいい、明成の子加藤内蔵之助明友に随って、岩見国吉永(一万石)へ行ったともいい、病死したともいい、どれが本当か皆目知れなかった。

城下から西北へ一里、鶴沼川の近くに神指城趾がある、今は趾ばかりがそれかと思われるのみ、越後街道を行く人の眼に、土地の栄枯を僅かに語るに過ぎない。そこに一棟の家を買って宮内は住んだ、なんと思ったか越後街道に札をたてて、「当所に加藤家浪人弓削田宮内住居」