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にんしきろんとはなにか

認識論とは何か

戸坂 潤

「認識論」戸坂潤、山岸辰蔵、三笠書房、1937(昭和12)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,432 字 · 116 页

青空文庫

まして体系というものを表面に押し出さない本性をもつ場合の(科学以外の)認識では、そういう模型的体系などは却って認識の不充分さをしか意味しない。併しだからと云って、思想を組織し、考察を推進させ、観察を整理して行く処の、或る意識的乃至無意識的なメカニズムがなくては、認識とも思想とも云われない。この意味に於て、認識は常に体系的なものだ。体系を示さなくても体系的なのだ。――考えて見れば、科学的精神の属性の一つはこの体系性にあっただろう。ただこの体系性を理論という形で表わした所謂「体系」と考えると、科学的精神を単に科学だけのものと考える考え方に、帰着することになる。

認識の有つ体系なるものは、認識という生きた動きのメカニズムなのであり、プロセスなのだから、体系と云っても方法と云っても構わない。ヘーゲルは方法を嗤い、ジェームズはヘーゲルの体系を嗤っているが、例えばH・コーエンなどに於ては、方法と体系とは交互作用に立つ観念とされている。コーエンは科学的認識を認識の唯一の領域と考えるマンネリズムに立っていたのだったが、その限界内では、この点についての認識というものの性質を、よく見抜いていたようだ。