轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ゆずりはらまさこさんについて
譲原昌子さんについて
宮本 百合子
「民情通信」第11号、1949(昭和24)年4月譲原昌子追悼号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,940 字 · 4 页
この放送は、譲原さんが自由にしっかりとよく話して、好評だった。
それっきり、わたしは譲原さんに会わずにしまった。去年の夏から自分も具合がわるくて、暮から正月へかけては非常によくない状態におちいった。ときどき譲原さんはどうしているだろうと思っていたところへ、無名戦士の墓へ葬むられた譲原さんのことを知って、自分が病気なだけにわたしのうけた衝撃ははなはだしかった。
無名戦士の墓には、わたしにとって忘れられないひとびとがいる。今野大力、今村恒夫、本庄陸男、黒島伝治など。とくに今野大力と今村恒夫は、一九三〇年から三三年にかけてのプロレタリア文学運動のなかで、ふかく日常的にもつながりあった仲間であった。譲原さんは、この人々との関係からみれば、たった二度だけ会った友達だった。だけれども、日本が民主的になってゆくはずのこんにちに、やっぱり譲原さんがこのようにして死んだということは、わたしに限りない思いを与える。今村恒夫、今野大力、これらの人たちは、直接その身体にうけた拷問が原因で死んだ。譲原さんの身体に今野大力の耳のうしろに残っていたような傷はなかったろう。しかしこれらの人々がもっと生きられるいのちを、もっと育つ才能を半ばで野蛮な力に殺されたということに、ひとつのちがいもない。