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とうふかい
豆腐買い
岡本 かの子
「三田文学」1934(昭和9)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,329 字 · 29 页
それ以上にフランス人の夫もお京さんを愛していた。だのになぜお京さんは夫から逃げたのだろう。逃げて気狂いになったのだろう。お京さんは加奈子に水溜りを越さしたあとも加奈子の手を離さず門口まで握って言った。
――あなたの手を握っていると、ほんとにこころにぴったり来るのよ。あなたの手は皮膚の手袋さえ穿めてないからね。
左側に板塀がある。雨風に洗い出された木目が蓮華を重ねたように並んでいる。誰か退職官吏の邸らしい。この辺がまだ畑地交りであった時分廉い地代ですこし広く買い取って家を建てたのがいつか町中になってしまってうるさくはあるが地価は騰った。当惑と恭悦を一緒にしたような住居の様子だ。古い母屋の角に不承々々に建て増したらしい洋館の棟が見える。一人前になった息子のところへそろそろ客が来るようになったので体裁上必要になったものらしい。ポータブルがロンドンシーメンス会社で参観人へ広告に呉れる小唄を軋り出している。「明るい燭光の電球をつけましょう。そして、顔を――」どうしてこんな盤が日本へ入って来ているのだろう。此処の息子はあの電気会社の取引会社へ勤めでもしているのか。