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とうふかい

豆腐買い

岡本 かの子

「三田文学」1934(昭和9)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,329 字 · 29 页

青空文庫

ような子をお友達に見つけたの。名前は線二って言うの。

加奈子は線二を一二度見た。お京さんはフランス人形と並べてその子の顔におしろいを塗ってやっていた。それは加奈子が洋行する四五年前の日本の春の午後だった。

道は下り坂になって来た。人々の帽子の上を越して電車の交叉点の混雑、それからまた向うへだらだら上りになる坂の見通し。右角に色彩を瓦屋根で蓋をしている果物屋があって左側には小さい公設市場のあるのが芝居の書割のように見えて嘘のようだ。欧米の高いもの広いものを見慣れて来て、その上、二十日間も涯なき海を渡って来た加奈子の視力はまたここで距離感を失った。

もし手前の坂の左側にある小さい魚屋の店先に閃めく、青い鰺やもっと青い鯖がなかったら加奈子は夢を踏んでその向う坂の書割の中に靴を踏み込めたかも知れない。だがその小魚たちは加奈子の眼の知覚を呼び覚して加奈子はその次の蕎麦屋に気がつき、その次の薬屋に気がつく。伯林のカイゼル・ウィルヘルム街の薬屋へ繕しに預けて置いたまま伯林を立ってしまったおしろいの噴霧筆はどうしたろう。

そこで横町へ曲った。加奈子の頭にはもう豆腐屋のことしか無かった。