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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

01 狂女の話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,384 字 · 41 页

青空文庫

すると、お杉は彼の腕からすりぬけ、忍び笑いをしながらうしろへとびのいた。

「いや、そんなことをなさるあなたは嫌いよ」とお杉が云った、「おやすみなさい」

「勝手にしろ」と彼は云った。

それから五六日お杉に逢わなかった。

もう三月中旬になっていただろう、所内にある桜はどれも咲きさかり、栽園のほうでも薬用の木や草木が、おそいのもすっかり芽を伸ばしていたし、早いものは花を咲かせており、風がわたると、それらの花の強い匂いで、空気が重く感じられるようであった。――午めしのあとで、登が薬園のほうへ歩いていくと、洗濯の戻りのお杉に会った。少しはなれて歩きながら、どうして晩に来ないのかと訊くと、風邪をひいたのだと、お杉は答えた。もうよくなったから、今夜はゆくつもりだったと云ったが、そう云いながらも軽い咳をするし、すっかり声を嗄らしていた。

「まだ咳が出るじゃないか」と彼が云った、「大事にするほうがいい、今夜でなくったっていいんだよ」

お杉は微笑しながらなにか云った。

「よく聞えない」と彼は少し近よった、「どうしたって」

「今夜うかがいます」とお杉が答えた。

「むりをするな、薬はのんでいるのか」