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あかひげしんりょうたん

赤ひげ診療譚

山本 周五郎

01 狂女の話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,384 字 · 41 页

青空文庫

彼はまったく不服だった。彼は幕府の御番医になるつもりで、長崎へ遊学したのであるし、江戸へ帰れば御目見医の席が与えられる筈であった。彼の父は保本良庵といって、麹町五丁目で町医者をしているが、その父の知人である幕府の表御番医、法印天野源伯が登の才を早くから認めてい、登のために長崎遊学の便宜もはからってくれたし、御目見医に推薦する約束もしてくれたのであった。

登はそのことを津川玄三に話した。

「そんなうしろ楯があるのにこういうことになったとすると」津川はそう云いかけたが、そこでなにかを暗示するように笑った、「――まあ諦めるんですね、あなたの来ることは半月もまえにわかっていたし、どうやらあなたは赤髯に好かれたらしいですからね」

津川は彼を部屋のほうへ案内した。

それは新出の部屋の前をいって、左へ曲った廊下の右側にあり、同じような小部屋が三つ並んでいた。津川はまずその端にある部屋へよって、同じ見習の森半太夫を彼にひきあわせた。半太夫は二十七八にみえる痩せた男で、ひどく疲れたあとのような、陰気な、力のない顔つきをしていた。

「お噂は聞いていました」と半太夫はなのりあったあとで云った、「ここは相当きついですがね、しかし、そのつもりになれば勉強することも多いし、将来きっと役にたちますよ」