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じてん
辞典
戸坂 潤
「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页
処が注意すべきことは、存在という言葉は、哲学史の発生当時の条件から云っても、又吾々の日常的な思惟の約束から云っても、元来精神的なものを意味するよりも、寧ろ物質的なもの(それは主観を超越して独立に存するものである)を意味し勝ちだという点である。ここで、唯心論は、存在を存在として云い表わす代りに、之に対立する何かの言葉を選ぼうとする。唯心論によってはだから、存在なるものは存在ではなくて例えば観念であると呼ばれなくてはならなくなる。唯心論が今日一概に観念論と名づけられる所以である。だが、観念論という邦語は元来存在論に関するよりも寧ろ認識論に関する。夫は認識論上実在論から区別されて観念論と呼ばれるのである。そこでは実在―存在―そのものではなくて、実在に関する認識が―観念が―まず第一の課題として取り上げられねばならないと考えられる、存在よりも観念の方が、認識論上、先である、と云うのである。併しこの認識論上の観念論が存在論上の唯心論に、直接に対応する事は云うまでもない。――存在は、実在は、吾々の生活にとっては、現実である。で吾々の生活を指導する筈の世界観としては、存在乃至実在を原理とする唯物論乃至実在論に対応して、現実主義(之は色々不都合な連想を持つが仮にそう呼んでおこう)がある。