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じてん
辞典
戸坂 潤
「経済学大辞典 第四巻」岩波書店、1931(昭和6)年10月、「経済学大辞典 第五巻」岩波書店、1932(昭和7)年1月、「経済学大辞典 追補」岩波書店、1936(昭和11)年10月、「教育学辞典 第一巻」岩波書店、1936(昭和11)年5月、「教育学辞典 第二巻」岩波書店、1937(昭和12)年2月、「現代哲学辞典」日本評論社、1936(昭和11)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,131 字 · 186 页
凡そ認識の(又カントに従えば存在成立の)客観性は、意識の、主観の、自我の、持っている観念性にのみ、根拠を見出すことが出来る。之がカントの先験的(批判的)観念論なのである(観念論は先天主義 Apriorismus に結合する場合が多い。カントやライプニツの例が夫である)。
観念はフィヒテ(J. G. Fichte)の自我に至って恐らく最高の王座に据えられる。彼に於ては自我はもはや単なる表象意識でもなく判断意識でもなくて、行為意識となる。観念は、意識は、自己意識(自覚)となる。ドイツ観念論は正にフィヒテの事行(Tathandlung)の概念に至ってその極点に達する。之によれば存在は・事実は真の存在ではない。真の存在は存在ならぬ活動である。この活動は存在という主体を持たない純粋な活動であり、働くこと自身の外に存在ということはない。だから事実即行為(事行)だというのである。そしてこのフィヒテの自我の体系は、カントの先験的観念論の必然的発展なのであった。ヘーゲル(G. W. F. Hegel)によって、フィヒテの自覚は神的な世界精神に、宇宙理性にまで発展せしめられる観念は、ここでは最も含蓄ある意味に於ける精神(Geist)として把握される。