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とじょう

途上

谷崎 潤一郎

「改造」1920(大正9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,060 字 · 32 页

青空文庫

それにあなたは、いつもこうやって散歩なさるのがお好きじゃありませんか。ははは」

と云って、紳士は軽く笑った。それは政治家気取りの男などがよく使う豪快な笑い方だった。

湯河は明らかに困った顔つきをした。と云うのは、彼のポッケットには今しがた会社から貰って来た月給と年末賞与とが忍ばせてあった。その金は彼としては少なからぬ額だったので、彼は私かに今夜の自分自身を幸福に感じていた。これから銀座へでも行って、この間からせびられていた妻の手套と肩掛とを買って、―――あのハイカラな彼女の顔に似合うようなどっしりした毛皮の奴を買って、―――そうして早く家へ帰って彼女を喜ばせてやろう、―――そんなことを思いながら歩いている矢先だったのである。彼はこの安藤と云う見ず知らずの人間のために、突然楽しい空想を破られたばかりでなく、今夜の折角の幸福にひびを入れられたような気がした。それはいいとしても、人が散歩好きのことを知っていて、会社から追っ駈けて来るなんて、何ぼ探偵でも厭な奴だ、どうしてこの男は己の顔を知っていたんだろう、そう考えると不愉快だった。おまけに彼は腹も減っていた。