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すぎたはるのきおく

過ぎた春の記憶

小川 未明

「朱欒」1912(明治45)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,536 字 · 11 页

青空文庫

ある秋の晩方であった。白い夕靄がうすくぼんやりと降りて、彼方の黒ずんだ杉林に、紅く夕日が落ちた時分であった。村の子供等は、いつものように古い屋敷跡に集った。この屋敷は、村の端にあって、昔は、五百石取りの武士が住んでいたところであったが、いろいろと仔細があって衰微してしまって、その家は、古びて遂にこの程、取り壊されたので、その屋敷跡には、古い空井戸があった。また地形石などがその儘となっていたり、家根石などが転っていたりした。裏手には杉の木の林があって、土手には熊笹が繁っていた。

子供等は、紅い沈んだ夕日を眺めていたが、

「おい、君等の中で幽霊を見たものはないかい。」

と一人がいった。

すると、一人は、「見たよ。」といった。

「何処で。」

「あの杉の木の中で。」

とその少年は、後方の紅い夕日の沈んだ森を指した。

「どんなものであったい。」

と、一人が言った。

「黒い着物を被ていたよ。而して頭から何か被っていたよ。」

「而して、その黒い坊さんはどうしたい。」

「僕は、その坊さんに石を投げてやった。」

「何か物を言ったかい。」

「何処かへ消えてしまった。」

「何、それは幽霊でないよ、誰か、杉の枯枝を拾いに来ていたのだよ。