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すぎたはるのきおく

過ぎた春の記憶

小川 未明

「朱欒」1912(明治45)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,536 字 · 11 页

青空文庫

五

「オイ、誰だい君は。」

と、正一は呼びかけて、その方に歩いて行った。

五

月が森から上った。

あたりは、急に明るくなった。

「オイ、君は、誰だい。」といって、正一は、立っている人の傍に寄って、顔を覗いた。

頭から、黒い布を被っている人は、黙っていた。正一は、びっくりした。けれど、誰かこんな真似をして、皆んなは隠れて、自分をおびやかそうとしているのではないかと思ったから、

「オイ、君は誰だい。」

といって、その黒い人の前に立った。

けれど、その人は、やはり黙っていて返事がなかった。而して、あたりは余り静かで、しんとしているのでなんだか身に寒気を覚えて、変な気がして来た。

この時、立っている人は、始めて頭から黒い布をはずしたのである。

月の光りに見ると、白髪の坊さんであった。やはり身に鼠色の衣物を被ていた。

正一は、一目見て、この坊さんは、或時、何処かで見たことのあるような、微かな記憶が不思議に浮ぶような気がしてならなかった。坊さんは、

「わしの顔を覚えていないか。」

といった。すると急に正一の頭は、はっきりとなって、いろいろの過去のことが考え出された。

「去年の、春の日であったが、お前を見たことがある。