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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
その時会社の者等は皆、死んだ二人の為よりも寧ろ矢島さんの仁慈の前に涙を流した。
――岩田は病気のひどくなって病院に入ることを勧められた時斯う云った、「わしは此処が一番気楽でようがす。長年住みなれた処が一番眼を瞑り易いで。」実際彼は会社創立の時からの小使であった。その時から彼はもう可なり年を取っていた。そして彼の魂は、その卑しい境界のうちに一人閉じ籠りながら、其処から引きずり出されることを拒みながら、そのまま死んでいった。そして彼の妻も。矢島さんは彼等のために世話を惜まなかった。その頃まだ給仕だった笹尾はよく彼等のために走り行きをした。……
矢島さんは重苦しいような心地で起き上った。空が綺麗に晴れて、朝日が麗かに輝いていた。で庭に出て大きく息をしてみた。
「今起きたのか。」
矢島さんは秀男の姿を見るとこう云った。
「ええ。」
「寝坊だね。」
「でも私はこれで早起きの方ですよ。私の友人なんかにはそれは大変な寝坊が居るんです。……然し皆だんだん早起きになるかも知れません。年を取るほど眼が早く覚めるものじゃないでしょうか。」
「そんな馬鹿なことがあるもんか。」
然し矢島さんは秀男の若々しい頬の色艶を見た。