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かとにん
過渡人
豊島 与志雄
「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页
その時彼の眼に種々な人々の姿が浮んできた。
「彼等は俺にもう用がないんだ。……然し俺は、俺は彼等に用があるような気がする。」矢島さんはじっと眼を伏せた。秀男はもう俺の所有ではない。笹尾ももう俺に用はないんだ。平田もそうだ。岩田も俺に何にも求めないで死んでしまった。そして恐らく、俺が現に使っている多くの者も、俺のお影を被っているこの町の者等も、俺に対して何の欲求も持っていないであろう。それに……俺は、俺の心は、彼等に向って何か用がある。どんな用だか自分にもはっきり分らないが、兎に角俺は彼等に用があるんだ。俺は彼等に無関係ではない。
「俺は彼等に何か欲求を持っている。……然し、彼等は甞て俺に何かを求めたであろうか……。」
矢島さんはこう自ら云ってみた時、心が苦しくなって来た。荒凉たるものの中にぽつりと置かれた自分の魂を見るような気がした。その時彼はじっと亡父の肖像を見上げた。彼の頬の筋肉は痙攣的に歪んで泣き出しそうな顔をしていた。がやがて彼はまたがくりと首を垂れた。
「お前は、まだお父さんが生きていられたらどうだと思う?」
常子の顔を見ると矢島さんはこう尋ねた。