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かとにん

過渡人

豊島 与志雄

「帝國文學 第二十二卷第四號」1916(大正5)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,206 字 · 41 页

青空文庫

常子はその意味をはっきり解しかねて、ただ夫の顔色を窺った。

「お前はそんなことを思ってみたことはないか。」

「それはよくそう思います。けれどもお父さんは幸福にお亡くなりなすったから、私も仕合せですわ。」

「そう、幸福に亡くなられた。然し何だね……、」と云いかけて矢島さんは、ある考えを纒めようとするかの如く首を傾げた。「善良なお父さんだったね。」

「まああなたは……死んだ人に対してそんな口の利き方をする人があるものですか。」

「死んだ人のことを云っていけないってことがあるものか。」

「だってあなたの云い方はまるで人を馬鹿にしたような云い方ですもの。」

「馬鹿云え。俺の云うことがお前には分らないんだ。」

常子はじっと眼を落した。そして云った。

「あなたはこの節何だか変ですね。何か御心配事でもおありになるんではありませんか。一人でじっと考え込んでばかりいらして、何とも仰言らないから、私ほんとに心配ですの。」

「そりゃ生きてる以上は何かを考えることはあるものだよ。」

「でも何か御心配事ではありませんか。」

「心配のことなんかありはしない。……ただ少し気分が勝れないようだ。」

「それではお寝みになっては如何です。