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どうけやく
道化役
豊島 与志雄
「中央公論」1934(昭和9)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,093 字 · 42 页
そして私にこんな冒険をさしたのは、浜田ゆき子とのあんなことがあったからだと思われる。私が手を触れたのは、彼女の手へではなく、彼女の醜い耳へだったようだ。私は自分がいやになっていた。
――茲に一寸註を入れたい。村尾はこう話したことがある。「僕と信子との間柄では、手を握りあうことぐらいは何でもないようだった。それで、もし僕が彼女に愛か憎しみを感じたとすれば、彼女を抱きしめるか殴りつけるか、そういう激しい表現にならなければならない筈だった。が僕にはなかなかそれが出来なかった。卑怯だったのだろう。」
この言を真実だとすると、彼が冒険という言葉を使った意味も分るようだし、その「つまらないこと」のいきさつを長々とこまかく述べているのも、単なる手記上の技巧だけとも思われない。そしてこの次に、可なり長く感想風な文章が続いているが、妙に筆致が浮いてるところを見ると、彼は何か云いたいことが充分に云えない焦躁を感じたらしい。そこをとばして、先へ進んでみよう。
私は信子に対して一種の芝居をしていたようでもある。一人でいると、彼女を思いきって軽蔑してやりたい気持になったが、彼女の前に出ると、妙にうちしおれて元気がなくなった。