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ちがうへいはちろう

違う平八郎

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,142 字 · 27 页

青空文庫

姫は彼のことを織田家随一の大将となるべき人間だと云った。あの時の柔かい、熱い指に籠められた力は、まざまざと血のなかへ浸入って離れない。そして更に――自分の良人たるべき者は一国の主と。

「そうだ!」

平八郎はぐっと空を仰いだ。

「己は天下に唯一人の本多平八郎だ、それで宜いんだ、他に平八郎はいないんだ、己こそ本当の本多平八郎だ、……鬼平八郎とはこの、――この己の、……此処にいる己が」

眼は挑みかかるように空を睨上げたが、そう決心するあとからくたくたと気は挫けて行った。平八郎は己独りと思切るには、余りにかけはなれた相手である。――徳川家に於ける本多忠勝は、十三歳の初陣以来、戦って功を成さざることなく、井伊、榊原、酒井と共に四天王と呼ばれて雷名隠れなき勇将である。それに比べて此方はどうだ、……此処に立っているこの自分は、どうだ。

「これは、無理だ、到底この己には……」

「何をして居る、平八!」

不意に耳許で呼ばれて平八郎は思わずはっと跳上った。――見ると、侍女二名を伴れて信長が立っていた。

「あ、こ、これは上様」

「今更慌てても仕様がない。いま此処で何者と密談して居ったのだ」