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ちがうへいはちろう

違う平八郎

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,142 字 · 27 页

青空文庫

五郎左衛門は驚いて、

「是が遖れお役にたつべき勇士ならば、悦んで御意に順いまするが、斯様な臆病者をお側へ差上げ、万一御威光に関わるような失態を致しましては」

「いや、勇士豪傑なれば余の旗本に幾らでも居る、余はこの男の臆病なところが気に入ったのだ、天下の鬼平八と同姓同名を持ち乍ら無類の臆病者だというところが面白い。是非余に譲って呉れ」

「それ程の御懇望なれば……」

「宜し貰ったぞ」

信長は持前の気早さで、

「平八郎、其方は唯今から信長の直臣だ、――近う参れ、盃を取らすぞ」

「…………」

「遠慮に及ばぬ、近う」

急きたてられて、平八郎はなかば夢心地に膝行した。――信長は盃を与え、平八郎が押戴いて口へ持って行こうとした時、

「平八、それは主従の固めであると共に、唯今から臆病を許す盃だぞ、其方だけは臆病御免だ、強くなれとは云わぬぞ、宜いか」

「……は」

「許す、その盃を乾して戻せ」

実に型破りの情景であった。

さっきから一座の笑いどよめく中に、唯一人だけ微笑もせず、昵と平八郎を見戍っている者があった。――それは上段に並んだ婦人たちの中の一人で、切長の眼の艶やかな左の唇尻に黒子のある鮮かに美しい乙女である。